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「尊厳ある死」を望むこと
大谷いづみ 20090501 『福音と世界』, 2009-5: 44-45


■「こんな私(<こんな>に傍点)」
 二年程前から、大学で生命倫理学やら教職の授業やらを講ずるようになった。教室の場で対峙する若者たちの傷つきやすさの、ここ数年の増幅を感じる。学生のリアクションに「自分はいつか自殺するんじゃないかと思っていた/いる」といった類の言葉を見いだすことが一度や二度ではなく、一見そうは見えないながら、言い難い生きづらさのなかで日々を送る若者たちの「いま」が感じられて、それが驚きだった。もうひとつの驚きは、「こんな私」という言葉が、「あんなふうになってまで生きることの惨めさ」を無言の前提とした「(あんなふうになる前に自らが選ぶ)自分らしい、人間らしい、尊厳ある死」という表象と重なりあったことである。ここ数年、日本の安楽死・尊厳死論の歴史をたどる仕事をしているのだが、とはいえ、ちかごろ、新聞を見ても映画を見ても小説もマンガも、「死」にあふれかえっているように思うのは、そんな課題をもって日々を送っているからだけではあるまい。
■「尊厳ある死」を望むこと
 英国では昨秋、事故で四肢麻痺になってのち、幇助自殺を決行するために、尊厳死協会の協力を求めて両親ともどもスイスに「自殺ツアー」の旅路に赴いて決行した青年のことがひとしきりマスコミを賑わせた。伝え聞くところによると、死ぬ権利を求めるスイスのNPO団体「Dygnitas(ラテン語で「尊厳」の意)」と「EXIT(出口)」が、自殺志願者に死に場所と致死薬を用意して、すでに一〇〇〇人余に「援助」したという。フランスでも、顔面に難治性の癌を患った女性教師が「安楽死」を司法に求めて適わず、自殺を決行した事件があった。類似の話は「治療拒否」という形をとって日本でも存在する。刑法学界や医学界、日本尊厳死協会がいかに致死行為を「安楽死」、治療の差し控え・中断を「尊厳死」と切りわけようと、自殺、致死薬の投与や処方、「延命」治療の中断いずれもが、「尊厳死」という言葉で語られている世間の現実である。
 医療や法や倫理が対応せねばならない「死」をめぐる臨界点が、それとして存在することは確かだろう。「尊厳死」の法制化やガイドラインは、現在、日本でもあつい話題のひとつである。だが、医療や法や倫理の是非の背後にあるのは、「こんな私」という言葉にこめられる途方もない「自己否定」である。それは同時に、「私」の承認を求める強さの裏返しのようでもある。
 もちろん、まるで死に吸い込まれるように「こんな私」に抗ってもがく若者と、「あんな私」になってしまうのを拒んで「尊厳ある死」を望むこととの間にはとてつもない距離がある。後者は周囲に自らが望む死を納得させようとし、時に親しい周囲は了解し協力さえするのだから、そこには「こんな(ふうになってしまった)/あんな(ふうになってしまう)私」を拒むことによって自らを肯定しようとする強固な「私」が確かに存在する。そしてそこには、あなたの「そんな生」でなく、「「尊厳ある死」を望むあなた」を承認しようとする人々の存在がある。
■社会的文脈をみる
 二〇〇六年二月に報告された日本医師会第\次生命倫理懇談会『「ふたたび終末期医療について」の報告』は、「人間は生まれて以来、進学、就職、結婚に際し、いずれも自分自身の選択で決断してきたが、死を迎える場合にだけ、自分が関与できないのは不自然というべきである」として「尊厳死」の権利を謳う。そこには岐路にあって常に自分自身の選択を決断でき、しかもそれが可能であった幸運な人生が普遍化されていて、ままならない生(生命、生活、人生)をようやっと生きている/生きようとしている人々への想像力はみじんも感じられない。
 障害者自立支援法の内実、後期高齢者医療制度の内実、介護にあたる家族のおしなべて厳しい生活・労働状況、あいつぐ介護殺人・介護放棄、現状下でも人手不足にさらされるほどに過酷な条件下にある介護職、看護介護にあたってストレスをためた家族や介護職の虐待――社会保障制度の急激な後退と医療崩壊が顕在化した現在ではなおのこと、上記の文言はひどく虚ろに響く。この原稿を書いている今、年間の自殺者が三万人を超えて十一年目になることが伝えられた。「こんな私でも生きていていいのか」と生きづらさを書きつけた学生たちもまた、ひとつ気を抜けば滑り落ちていく格差社会のとば口にある。  「尊厳ある死」の是非論は、そんな社会状況のまっただなかにおかれているはずなのに、不思議なことに、なぜかこんな当たり前のことが議論の埒外におかれ、「本人(と家族)の決断」「かつての本人の決断」の保障ばかりがとりざたされる。これまた不思議なことに、服装や髪型、立ち居振る舞いのひとつひとつに「KY(空気の読めないやつ)」と名指されることを恐れて同調圧力を生きる学生たちが、「尊厳をもって死を選ぶ自己決定」などというものを、ひどくあっさりと認めたりもするのだ。
 否、不思議なことではないのかもしれない。老い、病み衰えた人とその家族が、「こんなになったら死なせてほしい」、「死なせてやってほしい」と自ら選んでくれること、まして、それが「自分らしい、人間らしい、尊厳ある死」なのだ、と、家族や世間への気兼ねなどおくびにも出さずに死んでくれることは、こんな社会状況のただ中で、家族にとって社会にとって、どれほど「都合がよい」ことであることか。
■「尊厳ある死」を望む「私」とは何者なのか
 ひどくやっかいなことに、「あんなふうになったら潔く撤退したい」と望む私が、私自身の中にも存在する。「あんな/こんな」の強弱に違いはあっても。
 だが、私はそこでいったいどんな生の何を忌避しているのだろうか。役に立てなくなることだろうか。老い病み衰えた醜さだろうか。人の世話を受けて「面倒」な存在になることだろうか。それゆえにいつも気兼ねせねばならない屈辱だろうか。誰ともことばも心も通じることのできない孤独だろうか。あるいは、そんなすべてをひっくるめて「あんな生」とまなざされることの惨めさだろうか。
 …と、こうやって「尊厳ある死」を望む「私」の正体をわずかながらときほぐして立ち現れるのは、「あんな生」に向けている自らのまなざしに、自らが復讐されることへの恐れではないか。
 「あんな/こんな私」は紛れもない「私」の半身である。それは、今の私ではなく将来の私であるかもしれない。ひょっとしたら生涯出会わない私かもしれない。それはいくら準備してもしきれない、未知の私である。そして、今の私にいまだ立ち現れない私の「半身」は、ひょっとしたら、現在の浅はかな予想を覆して「こんなふうになった」私を、逞しくも肯定して生きたいと思うのかもしれない。「あんな生」と名指されるような過酷な生を現に生き、なおも豊饒に生きている/生きようとしている「他者」もまた、確かに現に存在するだから。
■生の痕跡、死の痕跡
 「私」は真空の実験室のなかに生きているのではないから、人は一人では生きられない。同じように、人は一人では死なないし死ねない。いかに「私」が「私」の決断において「私の、私にのみ限定した尊厳ある死」を選ぼうと、いかに「私」が「私」の責任において、たとえば、家族や若い世代への配慮のための「自己犠牲の死」を果たしたとしても、それは同時に、私ではない他者を死へと誘う行為にならざるをえない。
 生が痕跡を残すように、死もまた痕跡を残す。それは、ままならない生にも意味を見いだしてようやっと生きている人々に痕跡を残すだけではなく、「こんな私」に生きる意味はないのではないか」という恐れとともに生きている若者たちにも痕跡を残すだろう。
 「自分らしい、人間らしい、尊厳ある死」を望むことは、そんなポリティクスとともにあるのだ。


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